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責任の放棄

2008/09/30 23:50 - | Comment:0 | Trackback:0
テレビを見ていて、意識にとまったものメモ。
多分後から文章にします。


・社会から阻害されることへの恐怖

・社会から肯定されるこへの渇望


・注意を引こうとする子ども

・アクションに対するレスポンス

・鏡に映った自分、鏡という名の他者

・声にならない声、無反応という反応

・問題の根幹にある、人間の欲望の共通性

・表象を司っているもう一人の自分


・反応する責任の放棄

・失ってしまった気がする何か、の正体
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君は誰だ

2008/09/26 23:50 - | Comment:0 | Trackback:0
この前、織田氏が主演のドラマの最終回を見たという話をしたら
またしてもアクセス数が一気に増えていて、驚きました。

織田さんの話には殆ど触れてなかったのにw
いやはや、申し訳ありません


でも、今回も懲りずに、
そのドラマに出てきた話をネタにしようかと思っていたりします。

続けて書こうと思っていたら、日が経ってしまい
書きにくくなってしまったという話もありますが
まぁ、どっちにしろ書きますけどねw


 彼が、ドラマの中で生徒に問いかけていた問題。
 「十年後の、28歳の君たちへの問題です」とかって言ってましたが。


 名前や職業や学歴、性別や国籍でもない君たちは誰だ?


 何て哲学的な問題なんだろうw

 「私は○○です」って文章を作らされる経験は、多分長く生きていれば
 一度は経験する問題なんじゃないかなって思うんだけど、
 つまりはそういう話をしているのかな。

 「私は○○です」っていうのは、
 自分のアイデンティティーを確認するための方法で
 自分のキャラクターを認識するための方法として使われたりするよね。

 もちろんその中に、役職とか続柄とかを入れても良いんだけど
 それだけで規定されるような人間では寂しいよなと。
 その時、自分は何だと言えないような生き方をしたらだめだよ
 っていうことなんだろうな、と思う。

 職業っていうのは、「何かをしたい」という想いがあって
 それに付随する役職であって、役職が自分を規定するわけではないと。


 多分、そういうことなんだと思うんだけど、じゃぁ、彼は
 自分個人のキャラクターを語らせたいということなんだろうか。

 私は臆病者です、とか、目立ちたがり屋ですとか?
  

 そんな時に、ふと思い出すのが
 友達から受けた 「自我ってあると思う?」という質問だったりする。

 自我なんてないんじゃないか、ってその子は言っていた。
 実はその子だけじゃなくて、他のコも同じようなことを言っていた。

 他の人と違うっていうのは、そう思いこまされているだけなんだ
 という考え方。

 私とあなたは取り替え不可能な、個別の存在で
 だから富の差や階級の差も生まれるのだ、という考え方。

 差異化をはかることが、ひとつの経済戦略であったり、
 時に恋愛における駆け引きだったりすることは、大いにありうると思う。

 差異があるから差別も、争いも生まれる。
 でも、差異のない社会って、存在しうるのだろうか。
 みんなが共通の認識を持ち、共感出来れば争いはなくなるんだろうか。

 
 確かに、この世に理解できない人間の心情などないと思ったりもする。
 あいつとは分かり合えない、というような相手でさえ。
 
 原理では可能だけれど、実際に争いは存在するし
 差別も消えた試しがない。

 
 人は感情の動物だと思ったりする。
 エゴとエゴとのぶつかり合い。
 
 自分という存在の肯定 = エゴの肯定 =差異の肯定

 ならば

 差異はない= エゴは存在しない = 自分は存在しない


 でも、エゴが存在しないって、そんなのあり得るんだろうか。

2008/09/26 22:59 - | Comment:0 | Trackback:0
後輩に会ってきた。

約束が延びに延び、もうかれこれ1ヶ月ぐらい。
最近、やっと落ち着いたということらしい。

彼女の周辺の状況は
「サークルを辞めます」と報告を受けたときに比べれば
良い方向に向かっている印象を受けた。

でも、やはりサークルを続けるのは難しいらしい。
どうやら問題はサークル活動に限ったことではない
彼女の中の問題らしかった。

人の心は奥深い。

私と相手の間に、近いようで遠い大きな壁があることを
時に思い知らされる。

沈みゆく相手を前にして、
私は何も出来ないのかも知れないと思い知らされる。
どうしたら、相手に想いが届くだろう。
どんなに言葉を尽くしても、想いは届かないかも知れない。
そう思って、怖くなる時がある。

しかるべきチャンスを、私は今逃そうとしているかも知れない。
相手の心に響く言葉を、何一つ投げかけられない。
そんな自分のふがいなさを申し訳なく思う。


相手を救いたいなんて思う方が
おこがましいのかも知れないよな、なんて言い訳をしながら
どうか、無事に切り抜けられますようにと、願わずにはいられない。

私も彼女も、あと半年しかこの地にいられないかも知れない。
その後のことは、多分私にはどうにも出来ないのだと思う。
せめてあと半年、出来る限りのことができたらと思う。

被教育者の責任

2008/09/23 01:57 - | Comment:0 | Trackback:0
実家にいます

明日帰ろうと思っていた訳ですが
よく考えてみたら、明日って(もう今日だ)祝日ですよね。
混むんだろうなぁ↓ 早起きして帰るというのも断念してしまったし。
もう、みんないっそ、引きこもってしまえばいい(こらこら


 実家にいると
 家族につられて、普段の3倍ぐらいテレビを見てしまいます

 織田裕二氏が出ているドラマ(名前忘れた)を見ました。
 初めて見たっていうのに、既に最終回w

 未履修問題、取り扱われてましたね
 あの学校が進学校なら(舞台設定わからないが話そうとしている)
 補習は相当のプレッシャーを与えるものなのだろうなと思ったり。

 確かに、学問の意義や本質を考えれば、
 目先の事情から、学ぶ機会や楽しさを奪うのはいかがなものか
 というのも、確かにそうなのかも知れないが、何か腑に落ちない

 もともと、指導要領自体、国が決めている時点で恣意的なものだし
 カリキュラムを変更せねばならなかったのは、今の受験システムと
 指導要領との間に何かしら無理が生じているせいじゃないかと思う訳で。

 たとえば「競争の過熱化によって、不正をする企業」みたいに
 「消費者を騙し、国民の健康に危害を及ぼすことは
 どんな事情があろうと、許されることではない」というような理論は
 確かに成り立つんじゃないかと思うんだけど、それと同じ理論が
 果たして教育現場で使えるんだろうか。


 機会の平等を保つためには、
 みんなが同じような条件をクリアせねばならない、というのは分かる。

 でも、たとえ、不正をしてました、っていう事実があったとしても
 そこで責任を取らねばならないのは、学校経営者であって
 生徒達ではないんじゃないか?と思うわけで。

 だって、彼らはそのことを知らなかった訳で被害者だし
 本来適切なカリキュラムが組まれていたら、履修を放棄するなんて
 最初からそんなことはあり得なかったんだろうと思うから。

 そこを、君達が補習を受けないのは、意識が低いせいだ!
 もっと知的好奇心と社会への責任を果たすべきだ!という論法は
 筋違いなんじゃないかと思ったり。

 確かに、任意ではあったけども、
 最終的に全員が補習を受けると決めたのも
 数の圧力なんじゃないかと思ってみたり。
 別に、私は補習受けませんよ。レポート出します。
 って子がいても良かったんじゃないか?とかひねくれてみたりw 



でも、自分が高校生のときは、
ま逆の立場にいたんだったなと思い出しました。


 当時の私は廃人だったのでw その年受験する予定がなかったから
 言えたことだったのかなぁ、と今になると思います。
 そのときのクラスメイトにはちょっと申し訳なかった気もします。

玉砕

2008/09/23 00:52 - | Comment:0 | Trackback:0
またしても実家に帰って来ています
地元の私塾の二次試験

この前の帰省は一次試験で
会社説明・学力テスト(国語・英語)・作文

今回は
適正検査・もぎ授業・役員面接


でした。
この会社、今回で受かれば、内定がもらえるという
おいしい条件だったわけですが、ダメっぽいですw

まぁ仕方ない。次につなげられるように頑張ります

夢日記17

2008/09/23 00:32 - | Comment:0 | Trackback:0
ペンギンが出てくる夢。
執事のような人がいて、意識は私だけど多分私じゃない人がいて。
こいつは従う際に序列のようなものをつけている、的な話をした。
シーソーに乗ってペンギンと遊ぶ。

多分実家に帰る前に見た夢
日がたってしまったので、細かい部分を覚えていない




学校の教室で、私の他に3人ぐらい女の子がいて
机をあわせて国語の模試のようなものを解いている。

私が何かに気をとられて、もたもたしている間に、友達が
「出来た」という。
もう一人の子が、私の状況を見て「まだ出来てないの?」と問う。

場面が変わって、男子も女子もいる、教室。
薄暗い、異次の空間を感じさせる教室で、やたら広い。
私はまだ問題を解いている。

男子の一人が教室に入ってきて黒板に「23時から」と書く。
何か飲みのようなものをするのだな、とわかる。

でも、私は問題を終わらせねばならないので
この場にいてはいけない、と思い外に出ようとする。

教室の後ろで、キャンプファイヤーのようなものが燃えている。
教室の壁側のほうに言ってみると、壁が薄汚れていたり
床に何か置いてあったりする。

外に出ると、
一時期サークルに来ていた(半年程でやめてしまった)
某パート(うちのパートではない)の後輩がついてくる。
同じ年齢の設定らしい。 どうやら気を使ってくれているっぽい。

歩くと、海の近くに板ばりの古びた通路があって
そこで屋形船のようなものを出しているようなところにつく。
食事処のようなところにつき、おばさんと話をする。

私はどうやら、ここに忘れ物をしていたらしい。
鍵のありかがわかり、ロッカーを開けると、私物が出てくる。
筒のように丸まったものを広げると、カエルのアイスノン
のようなものが出てくる。


実家に帰ってきてから見た夢。
多分、教室のイメージは通っていた女子高なんだと思う。
でも、出てきた友達は、大学に入ってから仲良くなった人達。

アイスノンてのは、熱が出た時に頭にしく枕みたいなやつで
普段は冷やしておくために冷凍庫に入れておく、あれのこと。

8月のしゃくぱーりー

2008/09/17 12:14 - | Comment:0 | Trackback:0
東京から帰ってきた週(18~24)

 いまいち、何をしたか覚えていない。
 多分、土曜日に、タンギングとゆりの一部は決定されたハズ。

 お稽古前に、ぱー練じゃないけど、
 やんわりみんなで通してみないか?的なことはしたかも。
 上級生だけだったので、もう強弱等意識してもいいんじゃない?と
 私の同期から指摘があった。「余裕がある人は」ということになった。 


しょけん大会があった週(25~31)

 しょけん大会、一年生不参加
 体調を崩したらしい。一年生に一番出てほしかったので残念。
 
 超スローテンポだったので、特別目立った問題もなく終了。
 (演奏の荒さ、ばらつき、ピッチのずれ等はちらほら見られる)

 新ぱーりーに提案して、彼個人の強化練習をすることに決める。
 合宿までにも2週間あることから、その時間を有効に使って欲しかったため。

 毎日15時から、2時間程度。
 がっちょう曲(※)、特に二重奏を中心に。
 ほーざんの曲(『ツイドウ』)と『練習曲1~3』

  ※がっちょう
    しゃくのみで構成された曲を、みんなで合わせること。
    他パートがあれば合奏、しゃくのみならがっちょう(合 調)


 でも、開始時間を15時という中途半端な時間にしてしまったことで
 私自身の生活のリズムが取りづらくなり、後で後悔した。

 『ツイドウ』(對 動)は一緒に吹くと吹けるが、
 私が違うパートを吹き出すと途端に合わなくなる。特に裏拍。

 本人に聞くと、相手の音を聞きすぎてズレてしまうとのこと。
 唱譜させると出来るので、タイミングはわかっているらしい。
 
 八分音符に分解したり、ゆっくり何度も繰り返したりして
 最終的には出来るようになった。彼は不器用なだけなのかも知れないと思う。


 ぱー錬のための話し合い を行う。
 強弱の指示など「今の時期にはまだ早いのでは?」と思われる項目があり
 「まだ早いのでは?」と指摘すると、「伝えはするが出来るのは9月中でいい」
 とのこと。

 「全体像を伝えたいから」と「指示を出さないと(私の同期が)飽きるから」
 との理由だった。
 全体像を伝えるという部分にひっかかりを覚えたが、
 まずは思うようにやらせてみようと思い「とりあえずそれでやってみよう」
 と伝える。
 

 土曜日のぱー錬では、1章から3章までの注意事項を伝え
 CDを聞き、指の回らない部分を練習した・・・ハズw
 どういう風に進行していけばいいのか戸惑っている感があった。
 デクレのタイミングを「CDみたい○○から」と発言したことで、
 私と同期から集中攻撃を受けることになるw(ヒドイ

 
 全体像を伝えたいとの話合いの時に
 具体的な指示の内容の確認をしなかったため、すれ違いが生じてしまったらしい。
 ちょっとかわいそうなことをしたと思う。
  

孝行

2008/09/17 02:03 - | Comment:0 | Trackback:0
親孝行って何だろう。

確かに、私自身が自立した生活を送ることが何より重要だとは思う。
自立しているとは、つまり、経済的にも精神的にも社会的にも
自力でやりくりしていけることなのだと思う。

次に社会的に貢献していけること、というのも思い浮かぶ。
親から与えてもらった愛情や価値観、想いを社会に還元していくこと。

ひとつには、孫の顔を見せてあげること。
またひとつには、社会に直接働きかけていくこと。
再生産の場合もあれば、新たな価値を創造することになるかもしれない。


そんなことを考えていて、ふと
「孫の顔を見るまでは」の決まり文句を言いよどむ自分がいることに気づく。
「結婚するまでは」という言葉にさえ、ためらいを感じる自分がいる。


 いつだったか、恋愛の話になった時に
 「彼氏が出来たら教えてね」と言われたことがあった。
 
 厳しい両親だったけれど、恋愛に関しては自分が苦労してきたことから
 「よっぽどのことがなければ反対しないから」といわれていた。
 
 「よっぽどのこと」って何だろう。
 ある時は「のっこが間違った道に進まないように」とも言っていた気がする。
 

 そんな言葉を聞くと少し複雑な気分になる。
 「変な気苦労はかけたくないよな」という気持ちもある。

 
 でも、もしかしたら、
 最後の最後まで、迷惑をかけどおしになってしまうのかもという気もする。
 感謝の気持ちを形にするのは、すごく難しい。
  

夢日記16

2008/09/16 23:22 - | Comment:0 | Trackback:0
サークルの練習をする夢。
殺人事件の現場に遭遇し(ホテルの室内)、人が胸をザクっと刺されているのを見る。

 実家に帰ってきてみた夢。
 2日続けて、時間よりも早く目が覚める。
 

帰還しました&帰省します

2008/09/15 21:50 - | Comment:0 | Trackback:0
5泊6日で私がやったこと(自分メモ)

・漠然とした個人練(全体曲)
・1日の終わりに後輩とのミーティング
 (反省と次の日の練習計画)
・ちょっとの配膳と後片付け(基本放置)
・同室の同期と添い寝
・朝風呂
・新ぱーりーの代理で一年生の学年曲指導
・同期とのち●くり合い
・助っ人参加の曲で、主役らを差し置き何度も練習に付き合わせる
・OBさんからの差し入れをいただく
・学年曲を久方ぶりに練習
・カエル倒立
・こんだくたーと打ち合わせ
・「しゃくはちにメラメラ」を「しゃくはちにムラムラ」と聞き間違える
・OBさんに見てもらう(学年曲&助っ人曲)
・先生に見てもらう
・キュウリを切る
・塩を取りに行きスイカを食い損じる
・間食をして打ち上げが始まるのを待つ
・早々に部屋に切り上げ同期と添い寝
・起きておにぎりをつくる
・発表会でガクガクブルブルしながら吹く
・酒を安値で買い占める

とりあえず、食うことと同期と添い寝することと、
後輩にダメ出しすることしか考えてないという欲望大解放具合

4年生ってことに甘んじてあまり手伝いも気遣いもせずで、
ダメな感じでした。練習も目的意識がなくて密度も薄かったかも↓

ていえんで足引っ張らないように頑張ります


今は就活で実家に帰省中。
いってきます。

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