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価値観の相違

2010/10/22 00:54 - | Comment:0 | Trackback:0
もはや、死語かもしませんが「三歳児神話」という考え方があります。

「子供は三歳になるまでは、母親の手で育てるべきだ」
という内容だったと記憶しています。


 現在の職場は、体質上、女性の育児と仕事の両立については
 とても肯定的な立場を取っているため、そんな言葉を口にしようものなら
 袋叩きにあうだろう雰囲気がありますw

 私自身も、「女性は家庭を守るべき」という言葉を聞くと、
 若干腹が立ったりしますが、そんな中、ふと父のことを思い出しました。


というのも、うちの父は、そんな「三歳児神話」を信じ、
当時結婚していた相手(血縁的な私の母親)と離婚した経験を持つ男だからですw
「協議離婚につき、互いの合意の元円満に別れた」のだそうですが
当人の言葉なので本当のところ、どうなんだか。


昔、聞いた話では
血縁的な私の母親は、当時、子供が出来ても研究を続けたいと思っていたらしく
出産の直前まで研究を続け、出産後もすぐ研究に復帰したのだとか。

曰く、
「子供は親がいなくても、勝手に育つ」とのこと。


 私自身は、血縁関係よりも、今の生活において母親と上手くやれるかどうかが
 今までもこれからも最大の関心事だったので、
 正直、そんな話はどうでもいい訳ですが、祖母や親類が悪く言っていたせいか、
 彼女に関しては「自分の興味関心に忠実な人」ぐらいに感じていました。

 ついでに、私が子供を生んだりしようもんなら、きっと育児放棄するに違いない
 という、変な自信が生まれたりはしましたがw


ともかく、今までは父親サイド側の価値観で人物像が構築されていたのだけれど、
今の職場的価値観で言えば、彼女の取った行為は、女性の権利としては
ごく当然のものだったと言えるかも知れないと、ふと今回思ったりしました。

女性の仕事と育児の両立に肯定的な職場に所属する私の現在の立場的にも、
女性だとか育児を理由に研究を断念しなかった彼女に対しては、
本来、肯定的な評価を持ってしかるべきなのだろうと思ったり。

 実際には、肯定的でも否定的でもないのですがw



 私にとっての母親は、どれだけ衝突し、迷惑と心労をかけまくっても、
 私をここまで見守り育ててくれた、現在の母親以外はいないと思っていますが、
 仮に、父親が別れず、彼の前妻に育てられていたとしたら、
 私の価値観はどのように変わっていたのだろうかと、ふと思ったりしました。

 もっと、ずっと、今よりラディカルだったのかも知れないな、とか。



何にしても、父の前妻に対しては、無関心であるにも関わらず
人様の女性支援に関しては、肯定的であらねばならないという、
変なねじれが起きているなぁと気づいた瞬間でありました。

 
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